コミュニティを作って運営、つまづきそうなポイント
こんにちは、ノッキーです。
今週水曜日、コミュニティマーケティングコミュニティという元AWSの小島さんが主宰されているイベントに参加してきました。
AWSのコミュニティがすごく影響力があるコミュニティなので、どうやってたんだろうか?とかコミュニティを発展させるにはどうしたらいいのだろうか?とか個人的に興味があったので、ワクワクしながら話をきいてました。
内容としては、国内事情と海外事情(CMXサミットのレポート)、その他コミュニティをうまく活用して成長している企業が講演をしていました。
詳細を色々と話をしたいのですが長くなりそうなので、特に僕が気になったところをお伝えできればと思います。
●コミュニティマーケティングの重要な3つのこと
ファン(熱狂的なファンであること)
センター(コミュニティマネジメントを行う方法)
期待値コントロール(中期的投資)
まず、「ファン」ですが、
コミュニティを形成するにあたってやはり、影響力のあるファン・インフルエンサー的な存在になりうる人、そんな人を見つけなければなりません。
でも、ここを決めることが各企業で苦心しているところかなと感じました。
かたや、売上が高い企業の人と決めてしまったり、仲が良く話が出来る人としていたり、色々な尺度が発生しているようです。
結果、推進力やコンテキストの統一が図れず、惰性になってしまうケースになってしまうことがあると思いました。
次の「センター」ですが、
こちらはコミュニティマネジメントをどうやって行くのかという点についての言及です。
まずスタートはコミュニティマネージャーとして専任で1名がいいのでしょう。
※海外ではそんな役職からのキャリアパスもあるようです。
コミュニティ内であらゆる判断軸を統一することとコンテキストの設定をしてもらうことが必要だと思います。
そして、最後の「期待値コントロール」が結構重要で、
今の日本のマーケティングに位置づけがどうしても、営業支援部のような形なので、短期的な視点で見られるケースが多いと思っています。
なので、コミュニティマーケティングをやるよ!と伝えると、それで半年後にいくら儲かっているの?とか言われるわけです。
そうなると、「う~~~ん」となってしまいがち。
結果、効果がわかりやすいマスマーケティングに行きたくなっちゃうんですよね。
経営側に理解を得てもらうためにも、そこは主要なメンバーを集めてアクセプタンスを高める活動が必要ですね。
(例えば、外部の方をお呼びして必要性、効果、事例を語っていただくなど)
もちろん、ファンを見つける方法はどうしたらいいの?センターをどうやって選定するの?誰が説得に協力してくれるの?という深い質問も出てくるように思うのですが、
まずはコミュニティマーケティングの潮流に少し意識を傾けてみてはいかがでしょうか?
そこがスタートラインです。
お祭りでマーケティングし直す?
こんにちは、ノッキーです。
この土日で地元の神社にてお祭りがありました。
元々住んでいたところというわけでもないので、お祭り・縁日に少し遠のいていたのですが、家族で行ってみて久々に楽しかったです。
出店で買い物をしながら、
小さいころは、お祭りが大好きで、足袋をはいて山車を引いたり、
型抜きであそんだなぁとか金魚すくいやったなぁとか、
親の目を盗んで、ちょっとお酒を飲んでそれが初めての大人の味だったり。。。
好きな子と神社の境内まで一緒に歩いて、お参りしたり、
淡い思い出もちらほら。
なんか、お祭りに対していろんな思い出が浮かびました。
いい思い出、悪い思い出と様々でしたが、
それでも地元への愛着心、日本の文化への傾倒、子供・孫世代への継承など、
”祭り”の素晴らしさを伝えていきたいと思うようになりました。
ファンがこうやってできると広まり、伝わる。
そうすると、また次にアクションしてくれる人達へと伝染する。
そんなコミュニケーションなんでしょうね。
さて、
祭りとは、「五穀豊穣」、「商売繁盛」、「無病息災」、「家内安全」、「祖先崇拝」、などなど様々は意義でやっていることが多くあります。
日本は農耕民族ですから、お米等いろいろなものが取れた際に神に感謝をささげてお祭りをしたというのがスタートなのかなと思ったりしますが。
ただ、現在は「祭り=楽しいイベント・バカ騒ぎ出来るハレの日」というような印象のところも多くあったりしていて、地元の人たちから騒がしい・汚れるなどのクレームが来ていたり、どうにもうまくいっていないケースもあるようです。
まあ、外部の全く関係のない人が地元の祭りに参加しても、そりゃわからないよね。。。
ただ、そこにチャンスが転がっているように思います。
一つ目は地元の人達に対しての地元への愛着心を向上させるための活動としての祭り
二つ目は地方に見に来た人達/参加した人達に対して地域の良さを伝えるための活動としての祭り
です。
地方から都心への集中しているビジネス環境・住環境ですから、ほっといたら東京に集中します。
これは間違いない事です。まだまだ、集中するでしょう。
さらには日本からどんどん出ていくでしょう。
いつかはアメリカの植民地に!?なんてことにもなりかねない。。。
(言い過ぎは承知で)
でも、残りたい理由・残らなければならない理由・残ることでのメリットが祭りから形成できれば、もっと人が増えるように思いますし、そこから政事も変わってくるように思うのです。そして、地域がもっともっと強くなれば、東京にいなくても東京以上の力で世界に打って出れる、そんな理想を考えるのに、祭りというモノはすごくいい使い勝手になるのではないかと思ってます。
私たちの働き方ってホントに変わる?どう変える?
こんにちは、ノッキーです。
昨年から今年にかけて、「働き方改革」がホットワードですね。
安倍首相も「1億総活躍」とお話をされていて数々の働き方の改革にフォーカスを当ててますし、某広告代理店から端を発した問題からも世間の注目度がかなり高い状態になっているなと感じてます。
一方で号令は掛かっているものの、現場では、
仕事量も変わらないし、、、
時間は短縮しろといわれるし、、、
仕事を選べばいいと言われるけど、それで利益落ちた責任取るのこっちでしょ、、、
テレワークのITシステム導入して、会社にいないでカフェで仕事、、、
「24時間エンドレス労働」なんてことにもなりかねない、、、
とか結構、色々と出てきているようです。
私が個人的に感じることは、
テクノロジー先行でドンドンと多様な働き方を実施することができるようになってきてはいる、会社に来なくても仕事ができる、昔は5人でやっていた仕事も1人でやれるようなテクノロジーもそろっている
そんな前向きな、いい影響がある一方で、
テクノロジーがあることから24時間365日連絡をしてしまい返事を求めてしまう、会社でない場所ではさぼるから管理しないといけない、会社に貢献しないから管理をきっちりするべき、風土が追い付いていない
というような非常に内向きな、あまりよくない影響が出ているとも思います。
それは、企業従属的な意識、今だにある終身雇用的な思考停止状態のようです。
(個人・企業ともに)
この現状は、
雇われていれば自分の未来を深くまで考えなくていい個人(あらかた道を作ってくれると思っている個人)と
まだまだ強気に個々人の人生を企業内で設計してあげないといけないと思っている企業が多くいるということだと僕は思うのです。
こうなると、日本的な総論賛成・各論反対の事象がそこかしこで起こる、働き方を変えると言っていても変わらない、そのうち世の中にどんどん取り残されて行ってしまうガラパゴス島国になってしまう絵が容易に想像できます。
それでは本当によくないですね!
現在起こっている日本のパラダイムシフトは、明治維新以来の大きな出来事、インターネットが出来たとき以来の大きな出来事です。
そんな中、悠長にしていても時代に取り残されるだけです。
企業はいままで以上に自由を許容し、その分、企業が行っていた業務の一部をやめてしまうことが必要で、
個人はより自由に対して責任を持ち、その分のリスクヘッジを自分たちで行うようになること、
そして、個々人が自分の価値を自分で設定できなければ、生産性の向上は図れないし、働き方は変わらないというのが僕の考え方です。
ITだけを入れれば変わる、制度を変えれば変わる、と思っているのは
自分で自分に変化を起こせない、それを恐れている人達が陥っている思考停止状態であると思うのです。
ここから抜け出す一歩を今こそ、踏み出していきたいですね。
マーケティングする上で意外とできていない、基本のキ。
こんにちは、ノッキーです。
皆さんはマーケティングをするときにSTPをどれくらい意識して、
どれくらいの深度で検討していますか?
S→セグメント
T→ターゲット
P→ポジショニング
簡単にいうと
「どこの市場の中の誰に対してどんなベネフィットを提供するのか?」と理解しているのですが、
どうもここの設定、仮説がたっていないケースが多いように感じます。
特に「どこの市場の誰に対して」がふわふわしている。
相対している担当者の方と話をしていても、
例えば、「製造業の現場担当者、、、」というレベル。
それってどんな人?年齢層は?規模は?というペルソナを立てていないようです。
なぜかと考えると、
きっと広く知ってもらえればみんな買ってくれるであろうという企業側のオモイが強すぎる、「イイモノは売れる」という意識がまだまだ根付いているように感じてます。
マス広告的な考え方ですかね。
でも、待ってください。
プロダクトを作るときにもこの製品はこんな人に使ってほしい、こんなことを悩んでいる人の役に立ちたいという開発した方の熱い”オモイ”があるはず。。。と思ってしまうのですが、いかがなものでしょうか?
今のご時世ですから、モノがあふれてます。ソリューションもいっぱい出てます。
そんな中でも生き残っていかなければならないのですから、
「どこの市場の中の誰に対してどんなベネフィットを提供するのか?」
なんていう事を深く考えていないと見つけてももらえないですし、
きっと、購入してもらうなんてことも無理なんではないかと思うのです。
主導権はユーザーに移っているわけですから。
「どんな人にどんなベネフィットを供給して、自社のファンになってもらうのか・継続的にお付き合いしていくのか」
そのために買ってくれる・買ってくれそうな人をめちゃくちゃ深く考える、理解する、
そのやり方もいままでのようなM1層、F1層~などのようなセグメントではなく、
もっと趣味趣向も含めて多岐に渡ったセグメントをしないと、メッセージが届きません。
情報が多い時代だからこそ、ウザイ内容(相手のことを考えてない内容、一方的な内容)は捨てられてしまいます。
企業のそれぞれ素晴らしいテクノロジー・ソリューションが、買ってほしい人達に本当に買ってもらえるようになるためにも、”買ってほしい人達”をちゃんと設定しましょう。
第4次産業革命の後、人間はどうなる?
こんにちは、ノッキーです。
つい先日、誕生日を無事に迎えまして31歳になりました。
ほんとに周りの皆さんから生かされてここまで過ごして来れました。
ありがとうございます。
1986年から30年以上たって、改めて振り返ってみると色々なことがよくも悪くも変わったなぁと感じてます。
僕が生まれたときはまだ、
公衆電話がそこかしこにあったり、
カセットやCDで音楽聞いたり、
洗濯の乾燥機もなく、インターホンも監視カメラ付きでもなく、
PCも家に来たのが小学校高学年のころだったし、
そんなんだからネットなんて見る環境でもなくテレビばっかり、
テレビゲームもまだスーファミとかだったし(ネオジオもやってたけど)、
紙をコピーするのは学校かコンビニか(しかも、自転車で10分以上のところだった)、
Suicaもなかったし、
小さな内容も含めて、30年の間に本当に色々な変化をしている実感です。
産業革命で言うと、
- 第1次産業革命:18世紀、イギリスから世界に広がった「蒸気機関」の産業への導入
- 第2次産業革命:20世紀、アメリカを中心とした電気技術による工業設備の発展と分業制による大量生産の実現
- 第3次産業革命:20世紀後半の日本を中心とした「コンピュータエレクトロニクス」によるオートメーション化
とすると、
第4次産業革命は
「人工知能・IoTの活用による製造工程の自動化」
と定義がされているようです。
※下記より引用
第4次産業革命ってなに?AIとIoTで変わる産業 | SiTest (サイテスト) ブログ
第4次産業革命は今後起こりうる、起こしてゆく産業の変化を目標とし
実現前から名付けられたところが今までの産業革命と大きく成り立ちが違うところなので、どうなるかはこれから見ものですね。
農業や林業・水産業などの狩猟・採集についても自動化ができるようになりました。
製造業・建築業等の加工業も同様ですし、電気・ガス・水道などのインフラについてもシステム化されています。
金融業・運輸業・小売り業・サービス業もすべてIT化が進んでいってます。
そこにはこういったものがほしい「人」がいて、それを作る「人」がいて、操作する「人」がいて、、、と「人」がすべて介在しています。
ただ、「人」が介在しないモノがドンドン出てきたら、
データを蓄積しているコンピュータが判断までできるようになったら、
「人」に指示を的確にしてしまうコンピュータがそこかしこにあったら、
きっと、地球上のヒエラルキーが変わってしまうかもしれませんね。
「人」はだらけきってしまうかもしれませんね。
「人」にはひらめきがある、感情がある!
豪語する方もいらっしゃると思いますが、そんなものはITですべてカバーできてしまう社会になると思います。一つの考え方として。
ですから、我々は「人」が「人」たる所以をしっかりと考え、見極めて生きていかなければならないと思うのです。
僕は最近とくに「自然とITを共存」させることができるのは「人」だけではないかと思うのです。
だからこそ、この昔ながらではあるものの自然あふれる日本の地域が発展すること、それも一方的なIT化ではなく、共存を前提とした発展を考えることが人のいる価値ではないかと考えてます。
あくまで一個人の意見ですので、悪しからず。
展示会って何がいいの?
こんにちは、ノッキーです。
今回は展示会について少しお話します。
2020年の日本開催オリンピックにより、ビッグサイトの使用(一部も含めて)が約1年半できなくなります。
幕張メッセ一部使われるようですので、そうなると2019年から2020年にかけてビッグサイトで行われているようなイベントが開催できなくなります。
その影響は計り知れないですね。
私がサポートさせていただいているB2B市場の皆様には非常に重要な機会だと思います。
なんといっても、
その業界に携わっている、興味関心がある、課題がある人が数多く集まるんですから。
最近はデジタルコミュニケーションも多くなっておりますし、人が多く集まる場所に行かないと得られない情報は少なくなってきています。やっぱりインターネットの力はすごいです。
すごいんですが、それでも行かなければ得られないモノもあるんです。
・市場の盛況感
・各社スタッフの熱量
・会社としての姿勢
・今後の展望
たとえば、今はIoTだAIだ、すごく盛り上がっているかのように(実際盛り上がっているのだけど)メディアで取り上げられていますが、実際どうなの?販売側、購入側はどう考えているの?なんていうのは、各社が一堂に介す展示会で得るのが一番手っ取り早いです。しかも、今後の構想なんかも聞けるわけですし、そうするとこんな世の中になるかも?なんて夢物語を描いちゃうことも出来たり。。。
そして、なんといっても一番重要なのは「人」です。リアルコミュニケーションの場になるので、似たような製品がおいてあったとしてもそれを販売する方々、それを使ってどう課題解決をしていくのかを提案する方々のアプローチが違います。スタッフの熱量、姿勢そんなようなモノは感じられますよね。雰囲気がいいとついつい長話をしちゃったり、展示会後に問い合わせをしてみちゃったり、ファンになる段階の一歩を歩き出しているような気になります。
また、その市場の中で会社としてはどうなりたいのかも非常によくわかります。それは展示ブースのみてくれ(デザイン)もそうですが、それプラスそこで発信しているメッセージなんかも注視してみてみると面白いです。
特にB2B業界は決裁まで関わる人が多いケースは少なくなく、対会社としての見え方も非常に重要です。「スタッフの雰囲気や説明内容がわかりやすかったので、ちょっと相談に乗ってもらえますか?」「あそこの会社なら最後まできっちりやってくれそうだな」なんて言うのはザラにあることですので、おざなりにしてはいけませんね。
とはいえ、対会社といいながら相対した「人」がその人にとっての「会社」になるので、ここを怠るとアウト!です。
私が見る限り、最近ここを怠っている企業が増えてきていないか?大丈夫か?なんて思う展示会もあります。
展示会は企業の「人となり」が垣間見える一番の場所であり、そこでのかかわり方を間違えるとあまり見向きもされなくなると思います。
感覚としてですが結構、展示会自体の印象・ブランドが低下していることもあるようですので、出展各社は今一度見直してみるのはいかがでしょうか?
マーケティングの存在価値が高まるには、
こんにちは、ノッキーです。
日頃からお客様先にお伺いして話をしている時によく聞く言葉で、
「どうやったら、売れますか?」
「どうやったら、効果出ますか?」
という声がよく聞かれます。
こういった声を伺った時にまずお伝えすることは、
「ケーススタディはお話できるが、それがまるっきりあてはまるとはあり得ない」ということです。
私がよく相対する部門の方はマーケティング部や営業推進、業務推進部といった部署の方々です。その部署は往々にして営業本部の中におり、営業のための販促・宣伝・サポートする部隊という位置づけでお仕事をされています。
製品がいかに売れるか、いかに営業しやすくするか、売上貢献という視点において、長期的な視点で計画を立て、短期的な視点で突っ込みをくらってしまうというようなバランスの悪いことにもなっているようです。さらに営業本部なので、売上という効果に求められ、、、
僕がマーケティング担当者だったら、完全に思考停止状態で業務をオペレートすることしかしなくなりそうです。
そうなると、「どうやったらいいか、答えを教えてください!」となってしまうのも致し方ないかなと思ったりします。
でも、そもそもマーケティングって、市場を作り出すこと・ファンを作り出すことが役割だと思うのです。だからこそ、トライアンドエラーで企業独自で考えながらやっていくもののはず。他社の成功体験をそのままやっても同じ効果は得られません。
もちろん、一部として販促・宣伝も担うのかと思うのですが、そればっかりがメインではない。
だからこそ、そういった役割であると企業が定義をし直さないと(組織・評価を変えないと)、ずっと同じようなことをして、マーケティングの存在価値が高まらないなと思いました。いくら現場がぼやいても、何も変わらない。そして、ドンドン置いて行かれる日本、失われる20年から30年になりそうです。
企業の上層部にマーケティングの変革に気づいてもらうこと、日本におけるマーケティングの役割の価値を再認識することが、今の日本に必要なことではないかと思います。